Jewel 4Urs.official

自分らしいジュエリーで彩りを

craftmanship

ジュエリー職人の生い立ち

創業者編

創業者である黒沢完司は昭和21年に埼玉県秩父市上影森に生まれ、自然豊かな地で中学3年生まで育ちます。
ジュエリー職人になったきっかけは、中学三年時に美術担当の教師の勧めもあり、ジュエリー製作会社に就職をしたことに始まります。
就職後は会社の寮で生活をしながら、ジュエリー職人として修行を開始。
1年目はシルバー製品の製作に従事し、2~3年目は金製品、4年目以降はプラチナ製品の製作作業に従事していました。
ジュエリー職人は技術の習熟度によって扱える地金(銀・金・プラチナなど)が限られ、シルバー製品の加工からスタートし、金製品の加工、そしてプラチナ製品の加工へとステップアップしていきます。
特にプラチナ製品の加工はとても難しくプラチナ製品が扱えるという事は熟練職人の証でもあるといえます。
その後、20歳の時、神奈川県横浜市に設立したジュエリー製作会社の社長の誘いで横浜に移り住み、若手のジュエリー職人を育てながら、ジュエリー職人としてのキャリアを積みます。
6年間の横浜でのジュエリー職人生活を経て、26歳のときに独立を決意し、神奈川県綾瀬市にジュエリー製作会社「黒沢貴金属工芸」(現在の有限会社クロサワ)を設立。
黒沢貴金属工芸設立後は数多くのブランドのブライダル製品の原型製作作業を手掛け、さらに職人としてのキャリアを積み上げると同時に、ダイヤモンドの輝きに魅了されます。
転機が訪れたのは1977年。
横浜時代に一緒に製作をしていた職人からの紹介で、世界でも有数のジュエリーブランドからの依頼があり、ブライダルジュエリーの製作を請け負います。
以来、ブランドから要求される製品クオリティーとともに、納品できる製品のクオリティーも格段に向上していきました。
ダイヤモンドは屈折率2.42という非常に高い屈折率を持っています。その屈折率を生かした「ラウンドブリリアントカット」と呼ばれるカットが施されたダイヤモンドは、裏側から入る光も、テーブル面と呼ばれるダイヤモンドの真上の部分に反射をさせてダイヤモンド全体を輝かせておりますが、エンゲージリングのダイヤが留まる裏の部分が汚ければ、ダイヤモンドの輝きは半減してしまいます。
そのため、ダイヤモンドが留まってしまえば見えなくなってしまうような裏側までもしっかりと磨くことが、ダイヤモンドの輝きを最大限引き出すのに重要になります。
この、ダイヤモンドが留まれば見えなくなってしまうような部分までもきちんと磨く職人魂が、40年近くブランドから支持され続ける理由です。
是非Jewel 4Urs.のジュエリーでその職人魂をご堪能ください。

 

2代目編

2代目である黒沢裕矢は、1980年、神奈川県綾瀬市に創業者黒沢完司とひろ子の長男として生まれました。
少年時代は体を動かすことが大好きなスポーツ少年として育ち、小学校時代に始めたアイスホッケーは高校卒業まで続け、練習に明け暮れる日々でした。
その反面、父も母もジュエリー職人という家庭の影響もあり、作ることが大好きで時間さえあれば、食事もそっちのけで何時間でもプラモデルや木工製作に没頭し、閉め切った部屋で接着剤や塗料を使うため、両親に「部屋の換気をしっかりしなさい!」と怒られることも度々あるほど「ものをつくる」事が大好きな少年時代でありました。
当時は、黒沢貴金属工芸(現在の有限会社クロサワ)の工房も私の少年時代は自宅の敷地内にあり、小さなころから仕事の手伝いをしていたため、ヤスリ(削るための工具)等の基本的な工具は当たり前のように使えるようになっていました。
工房では家業の手伝いだけでなく、様々なものをつくるようになりました。
どのようにつくればよいのかわからなければ、父親にアドバイスをもらい、多くの失敗を重ねながら様々なものをつくる中で、自然と職人としての技術の基礎が身に着き、職人にとって技術と同じくらい大事な「無いものをつくる」という精神が環境から自然と身に着いたように感じます。
そして、何より職人にとって必要な技術の基礎や考え方を、就職後に仕事を通じて得たのではなく、少年時代に遊びの一環から得られた事が、型にとらわれない自由な発想を生み出す原点になっているかと思います。
その後高校を卒業し、進学したジュエリー専門学校「ヒコ・みずのジュエリーカレッジ」で当時はまだまだ実用化には程遠かった3DCad(パソコンの仮想空間上でジュエリーを作るデザイン設計ソフト)や3Dプリンター(3DCadでつくったデータの立体模型を作製する機械)に触れたことで、Cadでジュエリー製作することの大きな可能性を感じ、このときの出会いが後のジュエリー製作に対する考え方を大きく変えました。
2001年、黒沢貴金属工芸に入社し、本格的にジュエリー職人としての一歩を踏み出します。
その後7年間ジュエリー職人として必要な技術で学びながらブランドジュエリーの製作をつづけるうちに、3DCadや3Dプリンターを普及が進み始めたことを感じ、導入の決意をします。
そして2009年念願であった3DCad「3Design(フランスで開発されたジュエリーと時計専門のデザイン設計ソフト)」と4軸CNC(3Dプリンターと同じく3DCadでつくったデータを立体模型として削りだしてくれる機械)を導入し、本格的に3DCadの技術習得に励みます。
まだ日本では同じCadソフトを使用している人が少なかったのですが、海外では時計・ジュエリーの世界的有名ブランドが使っているソフトであったため、同じCadソフトの利用者も多く海外サイトから情報を集め、Cadの技術を習得していきました。
同じころ海外からジュエリーに関する情報が徐々に入るようになり、日本との技術進捗具合の差に驚愕し、日本には入ってきていない海外で販売されている工具などを直接輸入するようになるなど、技術の効率化や多様化が進む時期でもあり、自身のオリジナルブランドの立ち上げを強く考え始めた時期でもあります。
その後も2012年に3Dプリンター導入をきっかけにオリジナルオーダーメイドジュエリーの製作を重ねていき、さまざまなお客様に触れることで、オリジナルブランド立ち上げをより強く考えるようになりました。
そして2016年8月2日、多くの方に支えられ、励まされ、ついにオリジナルジュエリーブランド「Jewel 4Urs.」をスタートさせることができました。
これからも日々精進し、お客様に最高のジュエリーをお届けしてまいりますので、よろしくお願いいたします。

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オリジナルジュエリーを作りたい。サイズ変更したい。このジュエリーのリフォーム費用はどれくらいかかるの?などお気軽にご相談ください。
1営業日以内に折り返しご連絡致します。
お客様のご意見を細部まで取り入れたオリジナルジュエリーのご提案をしたいと思っております。 デザインのご提案をLINEなどのツールで行うことで、二人以上でのグループ通話やトーク、デザイン画の添付が可能になり、これまでのやりとりよりもスピーディーに、かつフランクにご意見を頂戴できることをメリットと思っております。 感じたことを直接伝えていただき、最後まで不安のないお取引を心がけております。 お客様の大切な想いをしっかりと形にし、宝物となるジュエリーをつくらせていただきます。